27年前、私はエネルギーワークの世界に飛び込み、6年間命懸けで学びました。ですが、プロとして活動していたその場所で、私は底知れない「深い闇」を経験することになります。それはまるで、魔女の館で百年もの孤独を過ごしたかのような過酷な歳月でした。

その場所を自力で命からがら離れたとき、私は強く決意したのです。「三次元の現実世界」と「スピリチュアルの世界」、その両方の視点を絶対に手放さずに生きよう、と。

そこから私は、改めてレイキを学び直しました。地道にエネルギーワークの実践と他者へのサポートを続ける一方で、現実の生活からも決して逃げませんでした。家族の支えやボランティア、派遣社員からIT企業の契約社員、そして正社員へ。子育てをしながら、現実の荒波を必死に勤め上げ、生き抜いてきました。

20231123日――。 「私からエネルギーワークを習いたい」という方との、運命的な出逢いがありました。

そこから、まるで宇宙に押し出されるようにして、私が本来歩むべき「使命」への道が次々と用意されていきました。

長い間、私を縛り続けていたマインドコントロールの鎖。それを自らの手で外すまでには、本当に気が遠くなるような年月が必要でした。しかし、この2年余りは最後の仕上げとばかりに、凄まじいスピードで心身の変容が起こったのです。

過去世から背負ってきた魂の課題、そして今世のインナーチャイルドの痛みをようやく乗り越え、私は今、この場所に辿り着きました。

すべての準備は整いました。今、新しい扉を力強く開けようとしています。

この我が家の庭にある女神像は、30年前に家を建てた際にお祝いで頂いたものでした。しかし、庭の中に定まる居場所がなく、長年の風雨に晒されて深いダメージを受けているように見えました。

ホームページを作り、こうして表舞台に出ることは、私にとって大変な勇気が必要でした。それは幾重にも重なる、深いルーツを持つカルマを破るプロセスでもあったからです。

居場所をなくし、傷ついていたその女神像の姿が、どこか自分自身と重なり、「きれいに洗ってみよう」と思い立ちました。

サロンが少しずつ形になってきた4月下旬のこと。空間のエネルギーを整え、新しいセッションに迎えるクリスタルとして、なぜか私は「マカバ」という形が非常に気になり、集め始めていました。

そんなある日、遠く離れた友人が「ふと気になったから」と、わざわざ届けてくれたものがありました。それが、クォーツ(水晶)でできた、驚くほど手に馴染むマカバだったのです。

この奇跡のようなタイミングの出逢いが、後に、私の人生をさらに開く「二つの大きな発見」へと繋がっていくことになります。

我が家には、重い慢性腎臓病と闘う白猫のミーシャがいました。 4年半ものあいだ、夫は皮下補液を、私はヒーリングを毎日欠かさず続けてきました。

何度も死の崖から生還してきた強い子でしたが、病の進行とともに筋肉は落ち、無事に年を越せるかさえ分からない状態に私は祈るような思いで、一日に何度もヒーリングを重ねるようになりました。 後から思えば、肉体はとうに限界を迎えており、ミーシャはただ「気力」だけで生き続けてくれていたのだと思います。

愛猫のことが常に気がかりではでしたが、久しぶりに多忙な日々の隙間を縫って、あの「マカバ」を手に、心安らぐ場所へと出かけました。 そこは私にとっての聖なるポータル。ようやくマカバと戯れ、深く繋がる時間を過ごすなかで、目の前の景色が2025年に訪れたイギリスの聖地「グラストンベリー・トォ」で起きたことと鮮やかに重なり合いました。私の深い意識が、大いなる源と繋がった日でした。

帰宅後、この不思議な体験をブログにまとめていた時のことです。キッチンで大きな音が響き、慌てて駆けつけると、初めてジャンプに失敗したミーシャが、キッチンのシンクをぼーっと見つめて立ち尽くしていました。

その時の私は、エネルギーの過集中によって尋常ではない疲労を感じていました。5種類のご飯を用意したものの、食べてくれないミーシャに「ママ、疲れたから先に寝るね。降りられるように椅子を置いておくからね」と声をかけ、寝室へ向かいました。

あとから夫に聞いた話です。 最近はずっと一階で過ごしていたミーシャが、その夜、夫のベッドがある2階まで自力で階段を登ってきたというのです。そして、昔そうしていたように、トントンと前足で夫の肩を叩いたのだそうです。ですが、その時のミーシャは、もうベッドから一人で降りられないほどに衰弱しきっていた…今思うと大好きな夫へのお別れの挨拶だったのかもしれません。

翌日、都内での用事があり、私は行くべきか激しく迷っていました。しかし、その用事はかねてから「7/19にホームページをリリースする」ための重要なパーツ。意を決して出かけようとする私を、ミーシャはいつにない力強い目力で見つめ、尻尾を元気よく振って送り出してくれたのです。その時私はまだ大丈夫だと思っていました。

電車の中でも、打ち合わせの最中も、私は遠隔でエネルギーを送り続けました。しかし帰り道、「もう危ない」という夫からのメッセージが届きます。 心が千切れそうになりながら、最短のルートで家へとひた走りました。

奇跡的に家族全員が間に合い、私たちはミーシャと最期の一夜を共にすることができました。普段は直接触れてのヒーリングを嫌がる子でしたが、その夜は、もう骨と皮だけになった身体で、ずっと私の腕の中に身を委ねてくれました。

私は、それまで使ったことのなかった高次元の「9Dマーリン・ヒーリング」を続けました。 すると意識の中に、アトランティスのクリスタルの山の頂に輝く「マカバ」がありありと見えたのです。あのマカバを手に取り、メッセージに導かれるまま、ミーシャの心臓をマッサージし、エネルギーを流し続けました。

既にミーシャの第1チャクラと第0チャクラは信じられない程クリーンに浄化されていましたが、第2・第4チャクラからも苦痛からの解放が起きていました。途中で近づいて来た闇の気配を感じ、お札を取りに行くべきか葛藤した私でしたが、ヒーリングを止めることなく光を送り続け、彼女が純粋な光となって旅立つのを見届けました。

家族全員が揃うその瞬間を、まるで見計らったかのような、あまりにも見事な旅立ちでした。

火葬を終えたミーシャの骨は、透き通るほどに白く、標本のように何ひとつ欠けのない、神々しいまでに美しい姿をしていました。

この出来事は、私にとってヒーラーとしての最大のイニシエーション(通過儀礼)となり、「この我が家の庭を、本気で光の庭にしよう」と決意する、揺るぎない原点となったのです。

そうして私は、ようやく女神像と真っ直ぐに向き合い、その身体を洗い始めました。

台座から足へ、お腹から背中、そして腕へ――。長年の汚れと日光に晒され、すっかり変質してしまったと思われた「角質のような物質」が剥がれ落ちるたび、下から現れたのは、息をのむほど美しい陶器のような肌でした。胸やお顔、繊細な髪の毛、頭上の鉢まで丁寧に洗い上げると、まるで魂が吹き込まれたかのような、見違えるほど美しい女神の姿が目の前に現れたのです。

そこでふと、私は女神像の「底」も洗ってあげたい、と思い立ちました。

30年もの間、誰の目にも触れず、じっと地面と接し続けていた底の部分。慎重に像を傾けてみると、そこには頑固な泥がこびりついていました。

勢いよく水を吹き付け、その泥を洗い流していったその時、隠されていた真実が姿を現しました。

この像が、まばゆい大理石で作られていたこと。 そしてそこには、はっきりと**RENAISSANCE**の文字が刻まれていたのです。

――「再生」。 その文字を目にした瞬間、私の心は震え、熱い涙が込み上げていました。

息を呑むほどに美しく生まれ変わった女神像を、私は庭に優しく横たわらせ、お花たちと繋げてあげたいと思いました。

チャクラの色に合わせるようにして、あちこちから女神の傍らへ鉢を移動させていくと、色とりどりの花々に囲まれたその姿は、まるで命を吹き込まれたかのように新しく輝き出したのです。

そこへ錫の水差しから聖水を額にゆっくりと垂らしていくと、女神像はまるで、涅槃(ねはん)のお釈迦さまのような、深く穏やかな表情を浮かべていました。

永遠を感じる、神聖な時間が流れていました。

その瞬間、ふと私の心に、この場所が本当の「光の庭」になったのだという確かな感覚が満ちていきました。

そして、光の庭へ